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ロシアの新興財閥 Russian Godfathers 2012.08.20

最終更新日:2018.03.27


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🔲ビデオ


▼動画タイトル、YouTubeへのリンク
グローバリズム:ロシアの新興財閥 逃亡者 Russian Godfathers The Fugitive 2012.08 日本語字幕💛英語での視聴>35万回
Youtube=>https://youtu.be/ys8iqAP01EU

[ソース] つぎの動画を翻訳、日本語字幕を追加
Russian Godfathers (1 of 3) The Fugitive https://www.youtube.com/watch?v=ZLPxyDlQfBc&t=128s
History and Econimics
視聴回数 353,629 回
2012/08/20 に公開


▼動画タイトル、YouTubeへのリンク
グローバリズム:ロシアの新興財閥 囚人 Russian Godfathers The Prisoner 2012.08 日本語字幕💛英語での視聴>11万回
Youtube=>https://youtu.be/E1G21Bgnw5g

[ソース] つぎの動画を翻訳、日本語字幕を追加
Russian Godfathers (2 of 3) The Prisoner
https://www.youtube.com/watch?v=w_LE77YFnGk
History and Econimics
視聴回数 118,070 回
2012/08/20 に公開

🔲ビデオ紹介
▼このビデオを取り上げた理由
ロシアにおいてプーチンの支持率が70%~80%と高いのはなぜか?
エリツィン時代に主にユダヤ系の新興財閥が勢力を伸ばし、ロシアの主要産業、資源を乗っ取り、 さらに悪いことに国際金融資本とその配下の企業に売り払おうとした。
ちなみに当時、「ロシア政府が国を動かしているのか、マフィアが動かしているのかわからない」と言われていた。
ロシアの主要産業、資源を取り戻したのがプーチンである。 したがって当然国民の支持率は高い。 2004年の大統領選挙での得票率は71.9%、2012年の大統選挙では63.6%を獲得している。 いくらメディアが反プーチンキャンペーンをやっても、効果はない。当然である。

▼ビデオの内容
1本目のビデオ:逃亡者(The Fugitive)の主人公は、ボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)、 2本目のビデオ:囚人(The Prisoner)の主人公はミハイル・ホドルコフスキー(Mikhail Khodorkovsky)である。 いずれもロシアでNo1、No2を競ったユダヤ系の新興財閥で、詐欺、横領、脱税などの罪で告発され有罪判決を受けている。
ベレゾフスキーは判決を受ける前にイギリスへ逃亡、ホドルコフスキーは、逮捕されて有罪判決を受け、 シベリアで8年余りの獄中生活を送った。 ビデオでは彼らの犯罪についてはほとんど触れられておらず、逃亡後、逮捕後の反プーチン、 反ロシアキャンペーンについて描かれている。 キャンペーンでは、「プーチンは独裁者」、「ロシアに民主主義は根付いていない」、 「ロシアの司法は強権的・専制的」、「告発は政治的陰謀」などとメディアを使い宣伝している。
2人ともロシアではマフィアと見なされていたのだが、逃亡、逮捕後には、「自由主義、民主主義」 を主張する闘士を装う様子がよく描かれている。
こんな事でロシア市民は騙せなかった訳であるが、西側メディアは彼らの犯罪を詳しく報道せず、 「プーチンは独裁者」、「ロシアはソ連時代に戻った」と言った事ばかり報道した。 このためプーチンとロシアに良い印象を持たなかった人が多いのではないか。

▼疑問点
ベレゾフスキー、ホドルコフスキーが詐欺、横領、脱税の罪を犯したのは事実で、 特にホドルコフスキーの場合は内部告発者が3.5kgもの資料をロシア検察に持ち込んでいるので、疑う余地がない。
世界トップクラスの石油会社ユコスの資金をタックスヘブンに送り資産隠し、脱税を行っていた。 本来なら単なる詐欺、横領、脱税などの刑事事件であるが、西側メディアが民主化運動と結びつけるから、 話は混乱してくる。2人ともキャンペーンでは西側政府の介入を期待していたが、 内部告発など証拠がハッキリしているので、一部のネオコンの支援しか受けられなかった。
2000年に大統領に就任したプーチンは、「お前たちがやっていることには目をつぶるから、 儲けてロシア経済を活性化してくれ。 ただし税金を払うこと、それから政治に口を出したら許さない」と、 オリガルヒを集めて通告しました(大島 梓教授 ロシア・東欧と国際金融 からの抜粋)。 これは一種の相互不干渉協定である。民衆の敵意は明確だったにも拘わらず、 プーチンの申し出をせせら笑って無視した。自業自得である。
しかし不思議なのは、なぜ学歴も高く、頭脳明晰なはずの2人がプーチンの申し出を無視し、 プーチン批判を繰り広げたのか。 少し様子を見るという考えは浮かばなかったのか。
ベレゾフスキーの弟子的な存在だったロマン・アブラモヴィッチは孤児として育ち、 ろくな学歴もないが、政治に対して沈黙を守り、プーチンとは比較的良好な関係を築いている。
またプーチンが大統領就任後に最初にやったことは、 辞任したエリツィンに不逮捕特権を与えることで、プーチンはその約束を良く守った。 この点を見ても彼ら2人の振る舞いを”驕り”と片付けるのは今一つ納得がゆかない。


🔲補足説明: 逃亡者(The Fugitive) 戻る=>page top
このビデオはボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)がイギリスへ逃亡した後に行った 反プーチン・キャンペーンの記録である。ベレゾフスキーの生涯については、 日本語版Wikiに要領良く概要が述べられているので、是非見ていただきたい。 以下Wikiでは詳しく述べられていない点について少し解説を加える。 ベレゾフスキーがイギリスへ逃亡することになったキッカケは、ロシアの検察が告訴した 2つの大きな事件が関係している。

(a)ロシアで絶大な人気があったジャーナリストVladislav Listyev(ブレジストラブ・リシチェフ?)の殺害容疑
当時のロシアのテレビ広告の仕組みは腐敗しており、仲介業者が権利を買い取り、顧客に再販売する仕組みであった。 リシチェフはこれを直接顧客に販売する計画を立て実行した。 また腐敗したテレビ業界の経営幹部を追い出そうともした。 この活動との明確な因果関係は不明であるが、不幸にもリシチェフは、1995年3月1日、アパートの階段で銃撃され死亡した。
参考記事:Prominent Russians: Vladislav Listyev

1996年フォーブス(Forbes, 米ビジネス雑誌)に、ポール・クレブニコフ(Paul Klebnikov)が ”Godfather of the Kremlin?”というタイトルの記事を書いた。 この記事でクレブニコフは、ボリス・ベレゾフスキーが殺人を命じたと非難している。 さらに彼は2000年9月に同じタイトルで本を出版した。 これに対し、ベレゾフスキーはフォーブスを名誉棄損で訴えた。 結果的には、フォーブスは、「ベレゾフスキーが誰かの殺人を命じたという証拠はない」という声明を発表し、 ベレゾフスキーは訴訟を取り下げた。これで一件落着だったはずだが、クレブニコフは2004年に殺害されている。 誰かの恨みを買ったのは間違いない。 ロシア捜査当局は、2006年4月3日にリシチェフ殺害事件の捜査を断念したと2009年4月になって公表している。


ブレジストラブ・リシチェフ

ポール・クレブニーコブ

(b)アエロフロート(Aeroflot)資金の横領疑惑
2001年、ロシア最高検察庁は、アエロフロート(Aeroflot)資金の横領疑惑などでベレゾフスキーへの追及を強め、 逮捕を恐れたベレゾフスキーは国外に脱出した。2002年10月、本人不在のまま、最高検察庁は、 詐欺の罪でベレゾフスキーを起訴した。
ベレゾフスキーは、ロシア最高検察庁による捜査と告発を、政治的動機に基づくものとして否定しているが、 実際はどうか。フォーブス、ガーディアンなど有力誌の報道は、次のように伝えている。
The day they raided Aeroflot(1999.03, Forbes)
Swiss court aids Russian fraud inquiry(2000.07.26, Guardian)

▼アエロフロートの不正送金
1996年5月に、アエロフロートの外国事務所が、外貨収入の80%(約4億ドル)をスイスの金融会社Andavaのスイス銀行口座にを送るよう指示された。 指示したのはアエロフロートの元社長エフゲニー・シャポシニコフ(Yevgeny Shaposhnikov)元帥。彼は軍人でビジネスのことは何も知らない名目だけの経営者である。彼は、ベレゾフスキーの仲間のグリュシコフ(Nikolai Glushkov)から署名するように言われたとロシアの報道機関に述べている。 ちなみに1996年におけるAndava社の株式保有者は、ベレゾフスキー, 37%; グリュシコフ, 34%; 商品取引グループAndre&Cie., 21%。

▼スイス検察庁の捜査協力
ロシアのヴォルコフ特別調査官は(2000年)7月28日までスイスに滞在し、書類の引き渡し、スイス検察および警察関係者との会議を行う。スイスが引き渡す書類は、Forus、Andavaに関するファイル200冊。残りの400~500冊の書類は、スイス当局がコピーを取った後、ロシアに送られる。

▼スイス当局による不正資金の返還
1996年5月に、スイス当局は7.15億ドルのスイス銀行の口座を凍結した。 2010年、スイスの裁判所は、ベレゾフスキーが横領した約5200万ドルをロシアの大手航空会社 アエロフローに返還する決定を下した、と報道機関は伝えている。

以上のようにロシア検察庁だけでなく、スイス検察庁も捜査協力している。 ベレゾフスキーは、政治的陰謀だと言ってロシアの政治と検察当局を非難しているが、話にならない。 ベレゾフスキーの話を真に受ける人がいるとすれば、それは西側メディアの報道姿勢に問題があることになる。


🔲補足説明: 囚人(The Prisoner) 戻る=>page top
このビデオはミハイル・ホドルコフスキー(Mikhail Khodorkovsky)が逮捕。 収監されてからの裁判、反プーチンキャンペーンの記録である。 ホドルコフスキーについては、ベレゾフスキーと同様。日本語版Wikiに要領良く概要が述べられているので、 見ていただきたい。以下Wikiでは詳しく述べられていない点について少し解説を加える。

▼ユコスのマネーロンダリング、脱税疑惑
日本語版Wikiにも書いてあるが、2003年7月8日、モスクワ生まれのエレーナ・コロング・ポポーワという 50歳のフランス人女性が、ロシア内務省に3.5kgにもなる大量の証拠文書を送付した。 エレーナが後日語ったところでは、グループ・メイナップの大株主でユコスの金融担当副社長だった アレクセイ・ゴルボヴィッツの指示に従って、1996年から2000年にかけて、アフリカのセイシェル、 イギリス領ヴァージン諸島、キプロスなどに4年間で30の秘密口座を開設し、 そこを通して毎年4億ユーロの取引を行ったというのである…………
エレーナの説明は、IMFの融資額の半分がロシアから消え、ロシアの莫大な資産がタックス・ヘイブンを通して 国外に流出したという過去の事実と見事に符合している。………。
さらに7月11日、モスクワ市内のユコスの強制捜査を始めた。 この捜査によって検察は、次々と裏付けとなる証拠を握っていった(広瀬 隆氏の著作:一本の 鎖(2004.04)からの抜粋)。 3.5kgもの証拠書類である。ホドルコフスキーがいくらプーチン批判、検察批判を行っても、 この証拠は消えるものではない。

▼裁判の様子
前述のように、ビデオでは弁護士がホドルコフスキーを民主化の闘士に変身させ、 反プーチン批判を繰り広げている。弁護士の主張も実にくだらない。 またホドルコフスキーの両親がキャンペーンのキーになるとも言っているが、 これは「お涙頂戴」作戦なのか。マスメディアによる飛び切り安物のイメージ操作にしか思えない。 ニーナ・バシカトフは”ユコス事件の意味するもの(日本語)“なる記事では次のように要約している。

ホドルコフスキー側では、クレムリンと事を構えることになっても国際的な知名度が 自分を守ってくれるという考えを捨てず、国際社会を関与させようと顧問弁護士たちが動き出した。 彼のアメリカの友人たちは、ロシアが公安や警察の強権の下で全体主義に舞い戻ろうとしているという 終末論的な図式を描き出す。 ほとんどがオリガルヒの手の内にあるロシア紙は、こうしたアメリカの超保守主義勢力の見解を次々に伝えた。 国防政策諮問委員を務める有力者リチャード・パールは、ロシアをG8から追放すべきだと主張した。

要するにメディアを利用し、西側の介入を期待する、という狙いです。 結果的にはホドルコフスキー側が期待したほどの十分な成果が得られなかったと言うことです。