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シリア紛争

57年前:シリア政府を覆すために米国と英国がイスラム過激派の使用を認めた 2014.07.07

最終更新日:2018.03.22


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[元記事]
57 Years Ago: U.S. and Britain Approved Use of Islamic Extremists to Topple Syrian Government
Posted on July 7, 2014 by WashingtonsBlog
URL:http://www.washingtonsblog.com/2014/07/57-years-ago-u-s-britain-approved-use-islamic-extremists-topple-syrian-government.html


米国とその同盟国が意図的にシリアをバルカン化して小さな地域にするか?

BBC は、1957年に英国とアメリカの指導者がイスラム過激派の使用と、シリア政府を打倒する偽旗攻撃を承認したと報告している。

イラク戦争の約50年前、英国とアメリカはアラブ諸国で、秘密の「政権交代」を模索した。 それはシリアの侵略と主要人物の暗殺を計画することだった。

新たに発見された文書は、1957年(英国元首相の)ハロルド・マクミランとドワイト・アイゼンハワー大統領が、 CIA-MI6の計画を承認したことを示している。 それは、偽の国境事件を引き起こし、シリア近隣の親欧米諸国による侵略の口実にするためで、 ダマスカスで最も影響力のある三国連合を排除することだった。

歴史家は、1957年秋に諜報機関がシリア政権を打倒しようとしたことを知っているが、3人の主要人物の暗殺がこの計画の中心にあることを示す文書が見つかったのは今回が初めてである。その文書はトップシークレットで、1957年9月にワシントンで会談した高官のワーキング・グループが作成し、マクミラン氏とアイゼンハワー大統領にとっては、ダマスカスでトップの人物を暗殺する必要性について疑う余地はなかった。

マクミラン氏は、上級職員にさえこの計画を知らせないよう指示した。彼らは、おしゃべりする傾向があるからである。

行動要請は、CIAの中東首席のケミット・ルーズベルト(Cermit Roosevelt)によってなされた。彼は元大統領セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)の孫である。

ケミット・ルーズベルトは、この種のことで実績があった。ニューヨークタイムズによると、彼は1953年、イランでのCIAによるクーデターのリーダーだった。彼はそれ以降CIAから認められ、民主的に選ばれた指導者やイランを倒すために偽旗の恐怖を使った。


BBCは続ける:

さらに重要なことは、シリアは、中東の主要な石油の動脈の一つを管理していた。 それは親西欧イラクの産油地帯をトルコと結ぶパイプラインであった

報告書は、必要な恐怖が作られれば、辺境での事件と国境紛争は、イラクとヨルダンが軍事介入する口実になるだろうと述べている。 またシリアは、近隣諸国の政府に向けられた陰謀、妨害行為、暴力の提供者に見せかけられる必要があった。 報告書は、CIAとISISは、緊張を強めるために、心理学と行動の両分野でその能力を活用すべき、と述べている。

この計画は「自由シリア委員会」(曖昧に聞こえる..)による資金提供と、シリア内の 「準軍事的またはその他の行動主義者の能力を有する政治的分派」の武装を呼びかけた。 CIAとMI6は、例えば、南部のドゥルーズ(Druze:シーア派のイスラム教徒宗派)などの内部蜂起を扇動し、 メッツ刑務所に収容された政治犯を解放し、ダマスカスのムスリム同胞団の扇動を助けた。


米国がシリアで重武装のアル・カーイダ・イスラム過激派を保持したこと、後にISISになる聖戦主義者を訓練したことは、 まったく偶然でしようか?

シリアの政権交代は一度限りの計画ではなかった。ネオコン保守派はまた、シリアで政権交代を20年以上前に計画していた… 1991年。

西側は100年間、中東諸国を勝手に分割してきた。

西側諸国は、100年前、歴史的境界を考慮することなく、中東を勝手に分配することに合意した。

米国とイスラエルのネオコンは、長い間、民族や宗教に基づいてシリアをより小さな地域に分割するバルカン化を提唱してきた。

目標は、国を解体し、別々の国家にしてシリアの主権を奪うことだった。(同じ目標は、長く、イラクや他のアラブ諸国にも同様に適用されている。)

1982年、以前にイスラエルの外務省に派遣された有名なイスラエルのジャーナリストは 、明示的にシリアの分割を、明白に呼び掛ける本を書いたと言われている。

すべてのアラブ諸国は、イスラエルによって、小さな単位に分解されるべきです…。シリアの分割、後にレバノンのように民族的または宗教的に単一な地域に分裂したイラクの分割は、イスラエルの東部戦線での長期的な目標である。


どの出来事も、よくドキュメント化されている – 1996年 – 米国とイスラエルのネオコンンが提唱した:

シリアを弱体化させ、封じ込め、そして丸めて片付ける..。


先月、Michel Chossudovsky氏は次のように指摘した:

シリアでの不安定化と政治的断片化もまた想定されている。ワシントンの意図は、もはやダマスカスでの「政権交代」の限られた目的を追求するものではない。想定されている事は、イラクとシリア両方の宗派/民族に沿っての分割である。


次の地図はラルフ・ピーターズ中佐(米国立戦争アカデミーの退役大佐)が2006年6月号の軍隊ジャーナルのために準備したバルカン化されたシリアと中東:


要約すると、我々は米国、イスラエルまたはその同盟国が意図的にシリアを粉砕したという決定的な証拠をもっていません。

しかし、そのような主張に照らして、シリアでムスリム同胞団やその他の宗教過激派を扇動する 57年前のアメリカ、イギリスの計画を見ると、イスラム聖戦主義グループのイISISがシリア(そしてイラク)を 切り分けていることを示す地図は、実際に興味深い:




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