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シリア 紛争

シリア:国連派遣団の報告書は、反政府勢力が化学兵器を民間人や政府軍に対して使用したことを確認した 2013.12.31

最終更新日:2018.03.22


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[元記事]
Syria: UN Mission Report Confirms that “Opposition” Rebels Used Chemical Weapons against Civilians and Government Forces
By Carla Stea Global Research, April 08, 2017
URL:http://www.globalresearch.ca/syria-un-mission-report-confirms-that-opposition-rebels-used-chemical-weapons-against-civilians-and-government-forces/5363139

[著者]
 
Carla Stea
米国国務省と国連で記者会見を行っている記者です。 彼女の記事は、米国、英国、中南米、ロシアで出版されています(Wikispooks)。
Seymour Hersh
シーモア・ハーシュ
アメリカ合衆国の調査報道記者。フリーランスの記者としてのデビューは1969年、 ベトナム戦争のソンミ村虐殺事件の暴露であった。当時小さな個人通信社の記者であった彼は、 借金をしながら証言者を求め全米を廻って記事を書いた。 ザ・ニューヨーカーに掲載されたこの記事で、1970年度ピューリッツァー賞を受賞(Wiki)。

[訳者注] 2013年8月21日、シリアのダマスカス郊外で毒ガス攻撃があり、1300人以上が死亡する悲惨な事件が起きました。 これはその事件の国連最終報告書に関する解説記事です。これ以前にも、2012年12月、2013年3月に小規模な毒ガス攻撃があり、 シリアの軍人と市民が死傷しています。 欧米メディアが「シリアのアサド大統領がやった」と非難したので、アサド大統領は国連に調査団派遣を依頼しました。 そして国連調査団がシリアに到着して3日後の2013年8月21日に、大惨事が発生しました。 欧米メディアは今でも「アサドがやった」と主張していますが、誰が考えても、おかしいと思うでしよう。 アサド大統領が国連調査団の派遣を要請し、調査団が到着した直後に自ら命じて市民を殺したことになります。 これでは、自ら大量虐殺者であることを宣伝しているようなものです。 国連調査団は2013年9月に暫定報告書を提出していますが、不可解な点が多かったので、2013年12月に最終報告書を提出しました。 この記事はそれに関する解説記事です。 なお記事の投稿日は、現在のバージョンでは2017年4月8日になってますが、元々は2013年12月31日に投稿されたものです。 当時の記事のコピーを持っていますが、追加されたのは最初の「……トランプ政権の批判には根拠はない」の短いコメントだけです。


バシャール・アル・アサド政権が、シリア民間人を殺す目的で化学兵器攻撃を意図的に引き起こしたというトランプ政権の批判には根拠はない。

グローバル・リサーチの国連本部のカルラ・スティア記者による2013年12月の記事は、反政府勢力が化学兵器を保有していたことを確認している。 国連派遣団の報告によると、反政府勢力による化学兵器攻撃の標的は、シリア軍と民間人であった。

米国が支援した「反政府勢力」は、ペンタゴンと契約していた専門家によって化学兵器の使用を訓練されていた。

Michel Chossudovsky、グローバルリサーチ

2013年12月13日、潘基文国連事務総長は、国連総会と安全保障理事会に宛てた手紙と同じものに署名しました。

「私は、シリア・アラブ共和国における化学兵器の使用の主張を調査するための国連派遣団の最終報告書をこれに添えて提出することを光栄に思う」

送付状には、Ake Sellstrom教授(派遣団責任者)が署名し、Maurizio Barbeschi博士がWHO(世界保健機関)部局のために署名した。

この85ページの報告書の21ページ目には、次のように記載されている。

Khan al Asal(地名), 2013年3月19日: 111. 国連派遣団は化学兵器が2013年3月19日に Khan al Asalで兵士や民間人に使用されたという主張を裏付ける信用できる情報を収集した。


ページ22:

Jobar(地名)、2013年8月24日:113. 国連派遣団は、8月24日Jobarで化学兵器が 使用された可能性があるとの証拠を収集した。


ページ114, この評価は次の内容に基づいている。

(a)生存者、臨床医へのインタビューおよび医療記録は、有機リン中毒の症状を正式に認める:

(b)2013年8月24日にシリア政府によって回収され、DNA技術を使い国連派遣団によって認証された血液サンプルは、サリンの痕跡が陽性であった。

(c)2013年9月28日に国連派遣団によって同じ患者から採取された4つの血液サンプルのうちの1つが、サリンに対して陽性であった。


ページ23:

Ashrafiah Sahnaya(地名)、2013年8月25日 117. 国連派遣団は、化学兵器が2013年8月25日に Ashrafiah Sahnayaで兵士に対して小規模に使用されたことを示唆する証拠を収集した。 118.


この評価は、以下に基づいている。

(a)生存者、臨床医へのインタビューおよび医療記録は、有機リン中毒の症状を正式に認める。

(b)2013年8月24日にシリア政府によって回収され、DNA技術を使い国連派遣団によって認証された血液サンプルは、サリンの痕跡が陽性であった。


シリア政府の兵士に対する2013年3月19日、8月24日、8月25日の攻撃は、反政府勢力がサリンを 所持していたことを示している。反政府勢力が以前に化学兵器を持っていなければ、 8月下旬にすばやく化学兵器を入手するのはするのは事実上不可能だったろう。

シーモア・ハーシュ(Seymour Hersh)、12月19日(London Review of Books)によると、

「5月下旬に、シニア(米国)情報コンサルタントは私に語りました。CIAはオバマ政権に対し、 アル・ヌスラとそのサリンの仕事についてブリーフィングし、警告の報告を送った。それは、シリアで活動している別のスンニ派原理主義者グループ、イラクのアルカイダ(AQI)も、サリンの製造の科学を理解していた、という内容である。

当時アル・ヌスラは東部グータ(Ghouta)を含むダマスカスの近くの地域で活動していた。 夏季中旬に発表された情報文書は、旧イラク軍の化学兵器専門家、 ジヤド・タリク・アフメド(Ziyaad Tarriq Ahmed)がシリアに移り、 グータ(Ghouta)で活動していると言われていた。シニア情報コンサルタントは私に、 タリク(Tarriq)は「イラクでマスタード・ガスを生産し、サリンを製造し使用することに関係した 履歴をもつアル・ヌスラの男」として特定されていると語った。 タリクはアメリカ軍の注目を引くターゲットと見なされている」。

これは、ロシア大使の主張を支持するだろう。それは2013年12月17日の安全保障理事会の協議での 次の主張である。「なぜシリア政府は8月21日に化学兵器を使用するのだろうか? なぜワシントンが引いた「越えてはならない一線」を越え、自身に対するミサイル攻撃を行うのか? なぜ反政府勢力は化学兵器を使用するのだろうか? まさに「越えてはならない一線」のためである。シリア紛争へ外国軍の介入を誘発するために…

ロシアチームの分析は、3月19日にアレッポ近くで「自家製」サリンが使用されたと結論づけた。 そのサリンは粗悪に製造されたミサイルによって運搬された可能性が高いと述べた。 チームはまた、攻撃の背後にある可能性が最も高い特定の反政府グループの名前を挙げた。

当時、シリア政府は3月19日の事件に関する国際調査を直ちに要請したが、 英国とフランスは、突然、ホムス事件を訴えた。彼らはそれ以前の3ケ月間には何も言わなかった。 米国は、「すべての事件」を調査する必要があると言っていたにも拘わらず。

なぜ、この行為でシリア政府を非難した人々は、最大限、調査を脱線させるか、 最小限、調査を遅らせようとするのか?」

国連調査は8月21日のグータ(Ghout)の悲劇的な事件によって妨害された。 「我々の専門家は8月21日に使われたサリンは、3月19日に使われたものとほぼ同じ種類だったが、 やや良い品質だった、と結論づけた。 これは、数ヶ月にわたり反政府勢力の化学者が 製品の品質をいくらか改善したことを意味している」。


シーモア・ハーシュ(Seymour Hersh)によると、

MITの技術と国家安全保障の教授であるセオドア・ポステル氏は、国連の写真を同僚のグループと見直し、 大口径のロケットは間に合わせの軍需品で、現地で製造された可能性が高いと結論づけた。 彼は「慎ましい能力の機械工場で生産できるもの」と語った。 さらに彼は、写真にあるロケットは、間に合わせの軍需品でシリア軍の兵器として知られている同様の もっと小型のロケットの仕様に一致しないと付け加えた。


MITの専門家、テオドール・ポステル氏による8月21日の化学攻撃で使用された武器の分析、 そしてロシアチームの分析は、グータ(Ghouta)での8月21日の攻撃の加害者が反政府勢力で あったことを示しているように見える。

米国の諜報機関の文書は、ハーシュ(Hersh)の記事によると、

イラク軍の化学兵器専門家、ジヤド・タリク・アーメド(Ziyaad Tariq Ahmed)は、シリアに移り、 東部グータ(Ghouta)で活動していたと言われている。


8月21日のグータ(Ghouta)での化学兵器攻撃は、それゆえ、攻撃の加害者の中で、 確かな筋の情報からジヤド・タリク・アーメド(Ziyaad Tariq Ahmed)を指している。 特にアサド政府が化学兵器を使用する動機を持っていないこと、既に国連の査察官がシリアに到着していること、 またシリア政府は反政府勢力に対して優位な立場にあることから。

一方、反政府勢力は、無実の民間人に対する化学攻撃を行う能力(シリア兵に対する以前の 化学攻撃のいくつかの証拠からもわかるように)と、動機を持っていた。 それは以前の化学攻撃の調査を混乱させるためである。その攻撃はシリアの兵士、民間人を犠牲にし、 国際的な共感を集めようとした。それは主流メディアの歪んだ報道が保証していた。

ハーシュ(Hersh)の最後の段落は真剣に受け止めなければなりません:

国連安全保障理事会で9月27日に採択された国連決議は、アル・ヌスラなどの反政府勢力も また武装解除されなければならないという考え方を間接的に述べた。 シリア政権は化学兵器の廃絶のプロセスを続けているが、 皮肉なことに、アサドの以前の備蓄が破壊された後、アル・ヌスラとそのイスラム同盟は、 結局、シリア内の唯一の分派として、サリンを製造する原料にアクセスできるようになった。 それは戦争地域で他のどれとも異なる戦略兵器だろう。


この記事の元のソースは、 グローバルリサーチです。


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